2018年11月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

Categories

2012年11月 6日 (火)

ボランティア先再訪

宮城県亘理町に再度、行って来ました。


1

再開は4,5年は無理だと聞いていましたが、なんと早くも稲作を再開した依頼者さんのお米で、はらこめしを頂いて来ました。鮭が炊きこんであって、いくらがどっさり乗って、めちゃくちゃ美味しかったです。1年半前、作業終了後に、家の改築が完成したら、はらこめしを食べに行くという約束を果たせました。

before(泥かき後)
2

after 玄関に置いてあるのは・・・
3

お米です!!
4

before(泥かき後)

5

after
6

鳥の海before
7

鳥の海after がれきが片付いています。自衛隊車ではなく建設業者のトラックがバンバン走っていました。
8



夜は依頼者さんも連れて、ボランティアの宿泊でお世話になった「ゆと森倶楽部」に宿泊しました。たった数日いっしょになっただけで、職も住所も年齢もバラバラな人同士が、こうしてまた思いを共有して集まれるということが不思議だね〜という話を何度もしました。でもそれって、インターネットを途中から経験した僕らの世代の実感であって、これからはこういう地縁血縁職縁に基づかない出会いのかたちが当たり前になっていくのかもしれないとも思いました。



9



10



それもこれも2000円で温泉宿に泊まれるという、長靴すら持っていない初心者にも優しい企画がなかったらはじまらなかったこと。きっかけを作ってくれた方、お世話になった方ありがとうございます。


お米もおすそわけをいただきました。本当は正価で買いたかったのですが、連絡が遅くてすでに出荷してしまったあとでした・・・100キロ買う予定だったんですが、予定変更で来年以降、継続してお米を買っていくことにします。



1111

2011年6月20日 (月)

宮城県亘理町から世田谷区ハンモック屋へ

 ボランティア先の依頼主さんが亘理町から上京してきてうちに一泊。今日は一緒に下北をうろついたあと、上町にあるハンモック専門店へ。試乗もできる。主さん一つお買い上げ。自分も乗ってみたけど、一瞬ですべてがどうでもよくなるくらいに気持ちいい。これは人生観が変わる。。。

 いつかハンモックかけられる庭付きの家に住みたい。ハンモックかけられるリビング付きの広い家でもいいけど。

 依頼主さんいわく、今回の滞在は「つかの間の逃避行」とのこと。また亘理に帰って家のリフォームに向けていろいろ作業するらしい。リフォーム完成したらはら自家製こ飯を食べに行きます。

2011年6月19日 (日)

交流戦→ボランティア打ち上げ

 横浜スタジアムへソフトバンクVS横浜戦へ。

 毎年神宮のソフトバンクVSヤクルトに行っていたのだが、今回はいけなかったので、最終日に何とか間に合わせた。

 三塁側内野自由席、満席、、、、座れない。三回に2−0になったくらいで横浜ファンの親子が勝負を見切ったのかなんなのか早々に帰ってしまったので、ようやく座れた。試合は内川と小久保のHR、松田の猛打賞などで、快勝。内川HRの回が終わってレフト側スタンドから内川コールが起こったとき、横浜ファンからも負けずにブーイングが起こっていたのが印象に残った。そこにいるすべての人々の注目を集める千両役者だ。


Img_1035


 その後、ボランティアの最終日チーム@関東組の打ち上げ。

 メンバーには内緒にしておいたが、この日は依頼主がわざわざ亘理から上京。サプライズ成功したと思う。まさかこんなふうにつながっていくとは、4/30初日の時点では思いもしなかった。今回来られなかった人もいるので、また集まりたい。そして写真をとり忘れてしまったので、やはりまた集まりたい。

 話によると、亘理町はだいぶがれきが片付いてきたとのこと。しかし一緒に連れて行った被災地を初めて訪れた人は、それでもその惨状にショックを受けたらしい。

 依頼主さんと下北に移動してちょっとだけ飲んだあと、うちに一泊する流れ。明日は一緒に東京を巡る。

2011年5月13日 (金)

ボランティアの集まり

 夜、笹塚へ。亘理町ボランティアに行った仲間が集う会合に行く。ほとんど終了時にしか行けなかったが、あの時と同じ空間がそこにあってとても楽しかった。梅雨が始まると、ボランティアは活動しにくい(雨だと中止だから)という。だから、今のうちに行っておきたいね、という話になった。しかし、今はちょっと無理かなあ・・・

  @masapedia さんと恐縮さんとタクシーで帰宅。仕事の話になったときに、masaさんが「サラリーマンとしてはたらくのもリスクですよ」と言っていて、へえと思ったが、こういう本を読んでいたんだなと、あとで知る。

 ボランディアで亘理町ボラセンの運営スタッフをしていた恐縮さん(ボラセンからのお知らせを言うとき、本当に腰が低いのでこの名がついた)を家に泊めることに。

 男ふたりでラーメン山手。


Pastebot_20110515_144244


2011年5月 5日 (木)

震災ボランティア【5日目(最終日)】

【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

=================
宮城県亘理町ボランティアセンター

参加人数 新規受付:119人 継続活動:260人 合計人数:379人

活動件数 新規受付:24件 合計件数:54件
=================


8:15 ボラセンに集合


Img_0926_2


 いよいよ最終日。足つぼの効果もあってか身体が軽い。4日目を終えて、もはや最初の頃の不安は消えて「楽しい」だけになっていた。作業の目標も達成できるメドもたち、あとは最終日、有終の美を飾って帰ろうといった感じだ。

 今回はマッチングで新規募集をしなかった。というのも、継続の人と、そのつながりだけで14人を確保してしまったから。継続のみんなが仲間を増やしてくれた。これはなんだか嬉しい。人員不足をTwitterでつぶやいたら反応してくれた、もともとボランティア先を探していた自分の後輩、ずっと継続してくれた方の奥さんとお子さん(中学生)、身一つで何のつてもなく亘理に来た元気な某校の校長先生が新メンバーだ。


Img_0946


 昨日まではこんな感じで1名募集しようかと思ってたんだけど。


8:30 資材集め、出発


 この亘理町ボラセンの資材の充実ぶり。


Img_0956


Img_0957


Img_0961


 いつものように依頼主さんに出発した旨の電話入れ。

 いつも陽気に「はい〜〜」と返事してくれるのだが、今回はなぜか「うん」と小さい返事。電話もすぐ切れた。低い声で力がなかった。どうしたんだろう。

 家に到着。いつもはお母さんとご主人が出迎えてくれるのに、なかなか出てこない。家の方に行って「こんにちは〜」とあいさつしたら、ようやく家からご主人が出てきた。目が赤い。…あきらかにおかしい。

 でも、「何かあったんですか」なんて聞けない。

 東北での津波の報道を見て、そこに九州の実家と同じような家族がいると思うといたたまれなくて、なんとかしたいと思った。しかしなんとかする力などない。だからその代替として、ちょっとでもいいから役に立つことをして、自分の無力感を埋め合わせようとしたのだった。で、その無力感は、4日目まででけっこう埋まっている気がしていた。しかし、それは安直だった。やっぱり、「ちょっと役に立った」だけなのだ。

 東京にあれば家も生活もある自分と、被災された方々の現実との間には、鉄の壁がある。その突き崩せない壁の厚みに、なんだかくやしくなって涙が出た。


9:00 作業開始、中断


 メンバーの車が家の前に集結。資材を取り出して、輪になって最終日のはじめの挨拶、自己紹介、注意事項。

 作業開始してしばらくして、ガレキ撤去の重機が庭に入ってきた。庭に集められたガレキを撤去するとのことで、その間は泥を運ぶことができない。正午まで作業中断。重機は軽々と、大量の木材、畳を運んでいく。あの畳、水を吸っていてメチャクチャ重かったのにな。男4人がかりでも厳しかったのに、重機はそれらを5枚くらいまとめてつかんでいる。まるでオモチャだ。


Img_0932


 ひとつ、やってしまった。トイレのない現場。事前にボラセンの仮設トイレで済ませておかなければならないことは、みんなに周知していたことだ。が、自分が行き忘れた。というわけで、メンバーの車でコンビニへ。

 戻ってくると、重機の活動はひと段落していた。庭では、ご主人とメンバーが草野球をしていた。メンバーに野球部でピッチャーをやっていた人がいる。どうやらその腕試しのようだ。楽しそうだなと思いながら、その光景こそが、さっきの無力感うんぬんといった自問の答えな気もした。ご主人ひとりで家の片付けをしていたら、ああやって遊んだりできない。


12:20 作業再開


 お昼を済ませて作業再開。作業が始まってしまえば、もうこのチームは最強。楽しいだけだ。

 また金剛さんとその仲間たち4人くらいが果敢に泥を掘り、8人くらいがネコ(一輪車のことらしい)隊。残りの2人の女性が、掻き終わった場所の土をていねいにならす。ネコ隊は一列になって泥彫り隊のもとに泥をもらいに行き、所定の場所に捨てに行く。

 途中から、泥掘り隊は泥をもらいに来たネコ隊員に何か要求するようになった。「好きな芸能人は?」とか。人名がなかなか出てこない僕は思い出せなかった。次に行ったら、「面白いネタ」を要求された。撃沈。今日から参加してくれた僕の後輩はそこで伝家の宝刀を抜き、かなりのポイントを稼いだようである。泥掘り隊の中には、笑いすぎてスコップを握る手に力が入らなくなった人もいて、彼はやむなくネコ隊に転向することになった。

 ベテランメンバーの中学生のお子さんも、空手をやっているらしく、かなり一人前に働いてくれた。とはいえ泥掘り役の金剛さんたちが容赦しないので、載せ過ぎた土を減らしたりするのが僕の仕事だった。


15:30 作業終了


 そんなこんなで気がついたら、庭の苗床の泥、すべて掻き出し終了。ちょっと時間があったので、家の裏のちょっと残っていたところも終わらせることができた。庭の苗床は、ビニールハウスが二つ。こんだけの広さの泥を、みんなできれいにした(掲載許可済)。


Img_0993


 ここに苗を植える日は来るのかどうか。ただでさえ米の値段が下がっている状況の中で、2000万くらいする農耕機械も失い、この日記を書いている6月下旬時点でも塩害にさらされた田んぼは放置されたままだ。亘理の特産であるいちごにくら替えするかも知れないが、農業自体を再開するのかさえわからないという。

 でももし、また米を作ることがあったら、その時にはその年の米100㎏買うと約束した。

 まさか自分がボランティアとして東北に来てるなんて10日前は思いもしなかった。幸運にも、温泉宿に安く泊まれるという企画に出会ったおかげで、初心者の自分でもここまで来る決心がついたし、こういう動きがもっともっと広がればいいと思う。まだまだ泥掻きが必要なところは被災地にはいっぱいあるし、それが終わってもやらなければいけない新しい仕事はいっぱいある。

 ボランティアには、やれることに限界がある。ボランティアには、物見遊山的なやじ馬根性も(自分を大いに含め)存在する。ボランティアは、「自己満足」にほかならない。でも、そこにいるみんなが「自己満足」したならば、それはもう「自己満足」じゃない。自分はこの写真一枚を撮るために、亘理に来たんだなと。


54_3


 終わったら感極まるかなと思ってたけど、午前中に済ませておいたおかげで、泣くことはなかった。


【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】


2011年5月 3日 (火)

震災ボランティア【4日目】

【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

=================
宮城県亘理町ボランティアセンター

参加人数 新規受付:90人 継続活動:247人 合計人数:337人

活動件数 新規受付:17件 合計件数:46件
=================


6:30 ゆと森出発


Img_0935


 写真はゆと森倶楽部の中庭。実は友人が手がけていた。世界は狭い。

 出発後90分かけて到着。いつものように体育館前で継続の方と待ち合わせ。4日目ともなるとずっと継続してくれる方というのは本当に重要。レギュラーメンバーでいつづけてくれる40代男性二人(車あり)が現場をしっかり把握してくれているので、本当に頼もしい。全体を見渡していろんな助言をいただけるので助かる。


8:30 マッチング


Img_0941


 祝日だというのに、ぜんぜんいない。どうしようもない。平日並に200人行くかどうかという勢いに見えた。明日までに庭が終わらない。帰る前にどうしても終わらせたかったんだが・・・。

 新規受入を制限している事情は昨日の夜聞いたけれど、現実問題として人員が要るのは明らか。近所の家もボランティアが来るはずなのに、来ないなあ、と依頼主さんが言っていた。それもそのはず。一件につき7〜10人必要。なのにボランティアの絶対数が足りない。だから、なかなか新規が受け付けられないのだ。


Img_0967_2


 ↑を見てもらえば分かるが、実際、表向き新規受入を停止しつつ、電話までしてくる新規の方は受け入れているのだ。twitterをはじめて4444ツイート目にして初めて「【拡散希望】」で人が足りない旨、情報を発信した。


Img_0945


 前日の報告時に考えに考え抜いた「活動内容」部分。正しくは「剛健」。赤字で強調したつもりだったが、今回のマッチング係の人はそこを高らかに読み上げてくれたりはしなかった。この状況ではさすがに多くは募集できない。継続5人に加え、7名を募集し、合計12名で出発ということになった。


Img_0963


 マッチングの後、オリエンテーションで新規の人を中心に説明を受ける。その後、資材を集めて出発。依頼主さんに電話。「はい〜まってるよ〜」と今日も明るいお返事。


9:15 作業開始


 この日は、MVPが現れた。

 金剛さん(仮名)。その180cm前後はありそうな身長で、浅黒い筋骨隆々な肉体から繰り出されるパフォーマンスは持久力も兼ね備えて素晴らしかった。聞くと、鉄道の線路関係の仕事をしているとのこと。これはまた3日目に続き有力な猛者が入ってきたものだ。

 しかし、彼がMVPたる所以はそこだけではない。彼の出身地関西の風土らしい太陽のような明るさだった。話しやすい人柄とノリの良さで、メンバーともすぐに仲良くなった。ほかのメンバーは金剛さんのことを面白がり、いじる。一番最前線で常に働いているので、ちょっと疲れた、というような素振りを見せると、

「あれえ、金剛さんもう疲れちゃってるんですか?そんなんじゃ庭の畑全部終りませんよ?」

 と誰かが煽る。すると、うわーっ、うおーっとか言ってまた働き出す。その一部始終を見て周りは笑う。これが重労働な泥除去作業をどれだけ楽にしたことか。休憩のときも清々しい笑い声が飛び交う。3日目までも雰囲気が悪かったということはなかったと思うが、コミュニケーションまで含めて本当にいいチームになったな、という気がした。もちろん、他のメンバーの方がどう思っていたかはわからないけれど。

 そういえば準備の時に、彼が少し冗談を言った後、なんだか物欲し気な顔でこちらを見てから車を取りに去っていったので、「なんなんだ」と頭に大きなハテナマークを浮かべていたら、同じく関西人の別メンバーの人から、「リーダー、あれは自分のボケに突っ込んで欲しいという合図ですよ。関西ではボケたら突っ込むのがマナーなんですよ。あとで謝っといてください」と言われた。

 東北地方の復旧作業を、関東の人が労働力を提供し、さらに関西の人が地元由来の明るさで盛り上げる。これこそオールジャパンじゃないか。

 ここまでまったく作業の具体的な内容というものを書いていない。


Img_0960


 ここにきて、泥を除去するのに、土のう袋が必要なかったという事実を知る・・・最初からそれでやればよかった。

 依頼主さんは土のうにしないと運んでもらえないと思っていたそう。実際そういうケースもあったのかもしれない。ただ、情報が錯綜していて、どれが本当か分からないから、仕方がない。

 というわけで今回はまず、家の周りを手早く終わらせ、ついに念願の庭の苗床にとりかかった。苗床はビニールハウスの骨格だけ残ってる。畑と同じ土なので、家の周りとは比べものにならないくらい泥が溜まっている。10cmくらいか。これを二日で除去し切れるのか。。。

 ただ、土のうを作らなくてよくなったのはでかい。12人中スコップ隊は金剛さん入れた猛者4人。残りは全員一輪車で隊列をなして運ぶ係。土のうじゃないので、一輪車もそんなに重くない。

 しばらくやっていると隣の家のおじさんがやってきて、どうせ泥を捨てるなら、うちのちょっと土が足りないところに捨ててくれという。そんなわけで捨てに行くコースを変更。おじさんの敷地に泥を積んでいく。

 ここの奥さんが結構よくしゃべる人で、ボランティアのメンバーにいろいろ話しかけていた。

 あるとき、金剛さんとその他数名が深刻な顔をして奥さんが話し込んでいた。作業は50分区切りくらいでやっているのだが、かれこれ15分くらい、、、さすがにちょっとと思い、様子を見に行く。

 どうやら津波の時の話をしていたようだ。結局そのまま休憩へ。そこでの金剛さんの言葉。

「ボランティアは、泥の除去だけが仕事やない。被災者の方は、近所の人とはこういう話はしづらいらしい。みんな大変なのに、弱音は吐けないんやて。だから、被災時の話を聞いてあげるのも大事。」

 まっすぐな目で語ってくれた。やっぱりほんとに、ボランティアに来てる周りの人、いい人ばっかりだ、、、


15:30 作業終了


 そんなこんなでなんと、苗床は半分終了!!光明が見えてきた。

 今日は100%楽しかった、と思っていた。が、帰りの車の中、二日目からずっと来てもらっているベテランメンバーの方から、

「みんな金剛さん面白がってたけど、ちょっと年配の人や体力のない人については、つらそうに見える瞬間があったかな」

 という指摘。車の窓にひじをもたれかけ、完全に油断し、観光気分になっている自分がいた。大反省。


Img_0920_2


 ボランティアセンター本部にはいたるところに寄せ書きが。


Img_0906


 亘理の駅。なぜかお城。


16:30 ゆと森へ


Img_0928


 ゆと森倶楽部。本当にくつろげるよいところで、しかも毎日20時からこのロビーでライブをやっている。今日はクリスタルボウルの演奏だった。終わって演奏者の方と話したけれど、こういうヒーリング系の音楽をやっている彼女にとって、聴いているお客が寝てしまうと「心地よくなってくれたんだ、嬉しい」と思うらしい。なんと、、、

 露天風呂の空は5日間を通して一度しか晴れなかったけれど、その晴れたときの星の大群は本当に美しかった。

 また明日は最終日。足つぼマッサージもしてもらった。

 明日で庭の畑まで終わらせるメドが立った。そして4日目となった今、本当にただただ楽しい。金剛さんをはじめとしたメンバーの雰囲気が、とても良い。お金はもらわないけど、純粋に労働の喜びを感じている。

 今日、こんなに明るい気持ちになっているとは、初日の僕は夢にも思わないだろうな。

【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

2011年5月 2日 (月)

震災ボランティア【3日目】

【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

=================
宮城県亘理町ボランティアセンター

参加人数 新規受付:??人 継続活動:260人 合計人数:3??人

活動件数 新規受付:25件 合計件数:46件
=================

6:00 起床


6:30 出発


Img_0952


 ↑行きに寄ったコンビニで。こういうふうにいろんなところに震災は影響してるのね。。

 強風。東北ではかなりの箇所で強風警報が出ていた。乗り合いのワゴンの中で電話がかかってきた。初日から継続して来てくれている50代くらいのご夫婦。仙台市から電車が動いていないので、今日は亘理町に行けないとのこと、、、今日が彼らの最終日だっただけに残念。電車が動かないというのはちょっとマズすぎないか。ただでさえ平日なのに、人が来ないんじゃないだろうかと、かなり心配。ボラセンへ。


Img_0910


8:20 マッチング


 幸い、継続の人は平日並に来ていた。とはいえ、20人くらい要望を出していたが、さすがにそこまで要求できない。よってマッチング班の人と案件を読み上げる前に、

「これ無理ですよね、、」

 と相談し、昨日から継続で来てくれている6名(ほんとは8名の予定だったが、上記のように強風の影響で2人減。)合わせて12名で確定。

 なんとな〜く要望書に書いていた「屈強でタフな方募集」をマッチング班の人が高らかにうまーく読み上げる。意外とどっとわく。そのおかげか、本当に屈強な猛者っぽい人たちがノリで手を挙げてきた。聞けば建築現場の現場監督などなど、建築関係者が4人も。これは心強い。そして皆、かっぷくが良い。今日はオール野郎どもである。少数精鋭である。


Img_0944


 ↑これがその要望書。今日借りる予定の資材なども書いてある。

 昨日立てた目標「庭の苗床まで完全に泥除去」を達成するために、今日、家の周りを終わらせてしまう必要がある。さらには、庭の畑に手を出せるかどうか。

 出発の車の中、依頼主さんに電話。「はい〜待ってるよ〜」的なノリの良い返事。


9:10 午前作業


 作業を始める前に、メンバー集めてミーティング。自己紹介をひと通りした後、昨日の教訓を活かし、土のうの結び方を実演してみせた。ただ、「女性は土のうを持たない」という新ルールは、野郎どもオンリーの本日は関係ない。

 今日も家の周辺の泥除去の続き。

 強風の影響で、屋外作業はかなり砂埃がはげしい。実際ほかの町のボラセンでは瓦が落ちてきたりしたということで今日は中止になったりしていたそうだ。ゴーグルが必須である。メガネがあるからいいかな、と思っていたが、やはり少しは入ってきてしまう。昨日、ある作業員の人がヘドロを目に入れてしまい、放置していたら感染症にかかってしまったそうだ。ビビる。本当に注意しなければ。

 午前中は家の周りの砂利、泥の除去。途中から、家のとなりの敷地のガレキを除去している建設会社の人から、「いっしょに重機で持ってっちゃうから、泥をこっちに持ってきていいよ」と言われる。これは助かる。いままで庭の奥の方に土のうに詰めて一輪車でヒーコラ持って行っていた(2日目のにも書いたが、これが重いのだ。土のうはたくさん詰めてしまうだけになおさら)ものを、土のうに詰めることなく泥を一輪車にダイレクトに乗せて目の前の敷地に捨てるだけで良くなった。土のうは二人一組を組まなければいけないので非効率。これで作業がだいぶはかどるように。


12:50 午後作業


 家の前の花や小さな木を植えてある庭園の泥の除去。さらに力のある者は、泥の塩の影響で枯れつつある草木を引っこ抜く。依頼者さん所有の剣スコップなどで掘り起こしつつ。


Unknown_2


 図の左が剣スコップ、右が角スコップ。昨日(2日目)は、やっぱり泥をかくのは角スコップが適している思ったので、角スコップだけを借りたが、こういう根っこを切ったりする用途では剣の方に軍配が上がる。


Img_0962


 亘理ボラセンはほんとに資材が充実しているので、今日は人少ないんだし剣も借りてくればよかった。


Img_0959


 軍手まで借りられるなんて、至れり尽くせりだと思いませんか?


15:30 作業終了


 今日は植え込みに時間がかかった。(正直、ついでにやっといてもらお的な作業もあったかも?笑)家の周りはだいたい終了。明日、ついに庭の菜園にとりかかることができる!意外な展開。土のうを作らなくて良くなり、作業がスピードアップしたのが効いた。一輪車に泥をダイレクトに載せていく方法だと、土のうよりも載せられる容積は少ないが、その分疲れない。今回は筋肉痛が5日間を通してピークだった。


16:00 ボラセンに戻る


Img_0918


Img_0919


 到着したら、またボラセン入り口に赤十字の人がいて、うがいと手洗いを呼びかけていた。


Img_0923


 終わったら活動報告。今日、「屈強」のワンワードの工夫で強力な猛者を手に入れた。有能な人材を得るために、このキャッチフレーズ的なものを考えるのが一番大事だったりするのかもしれない。というわけで30分くらい報告書、要望書とにらめっこして、次回のマッチング用のワンフレーズを考えていた。報告書を回収する係の人にはずっと待たせて申し訳ない。


18:00 夕食


Img_0940


 仙台に来たからには一回くらい牛タン食っとかんとイカンやろ、ということで、焼肉へ。一皿500円台で超安い。1000円する上牛タン頼んでみた。柔らかかったけれども、正直、美味いのかどうかよくわからなかった。


20:00 ゆと森倶楽部へ帰宿


 宿に帰って大浴場に入り、ビールを飲んで一息。ボランティアセンターの運営をしている人が宿に来ていたので、話す。初日話を聞いて気になっていた「モンスターボランティア」的な話も。運営さんが言うには、無茶な要望をしてくるわけではなく、筋がとおっているご指摘も多々。「ああすればいいんじゃないか」「こうすればいいんじゃないか」どれも貴重ではある。ただ、それを自分で実践してくれるわけではない。かたや、運営の人数は限られている。貴重なアドバイスも、今やっている手を止めてできるかどうかというと難しいとのこと。良いアドバイスであっても、それを実際に行動で手伝ってくれないならば、単なるプレッシャーになってしまうこともあるんだな。

 ささ、明日だ。明日は祝日に入るから人員も増えるだろう。自分のメンタル的にも1日目の悲壮感、2日目の肉体の限界的な苦痛という2日間に比べ、今日は猛者に任せられる部分があったので楽しかった。明日はついに庭の苗床に手をつける。そして、1日目のブログをアップするぞ。。。


【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

2011年5月 1日 (日)

震災ボランティア【2日目】

【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

=================
宮城県亘理町ボランティアセンター

参加人数 新規受付:35人 継続活動:390人 合計人数:425人

活動件数 新規受付:23件 合計件数:54件
=================

5:00 起床


 なんとか起きてブログを書くが、全く終わらない。きのうの町のがれき、作業の悪戦苦闘を冷静に思い返してみると、暗澹たる思いがしてくる。腰と前太ももに筋肉痛。そして今日は庭の畑の件も伝えなければならない。気が重い。。。


6:30 ゆと森を出発


 ワゴン車に乗り合いで移動。


8:15 集合


Img_0953


 昨日のメンバーさんで今日も作業できる人は、大部分が継続でやってくれると言ってくれた。父子(子は19歳)だったり、初老のご夫婦だったり。彼らの電話番号を聞いておいて、マッチングが始まる前にボラセン本部となりの体育館前に集合。


8:30 マッチング開始


Img_0916_2


 初めてせりをかける側になった。継続の方が多かったおかげで新規募集が少なくて済み、すんなり決まった。教育系のNPOをやっているという大学生のグループらが参加してくれた。7人継続で、新規6名の13名が今日のメンバー。


Img_0965


 資材係に資材を確認してもらって、車で出発。


9:00 依頼主さん宅に到着


Img_0943


 昨日書いて提出しておいた、今日用の作業予定書。

 依頼主さんに電話して「今から行きます」と。「はい〜どうぞ〜」と明るい声で返事が帰ってきた。昨日に比べて2時間も早く着くことができた。5時間くらい作業できるぞ。

 作業が始まり、すぐに依頼主さんのところに行って、畑は作業できない旨を告げる。するとちょっと困ったような顔をされて、

「いやーでもここは家の庭だよ、畑とは違うよ〜」
「確かにそうですね・・・」

 やはり気持ちとしては庭の苗床もやって欲しいんだな。当然といえば当然だ。それに確かに普通の田んぼと畑というわけでもない。もう一度確認をとろうとボラセンに電話。

「では、あくまでもお庭をやっているということでやってください」

 とのこと。あれ、意外とすんなりOKが。まあたしかに、ボラセンは実際に現場を見ているわけではないので、どういう広さか分からない。本格的な田畑だったら今のボランティアの規模だと無理だ。そこは現場で判断するしかない。よし、やることにしよう。

 曇り。午前中は一軒家の屋内の泥を掻き出し。泥はもう乾いている。掘ってみると、屋外よりは泥の深さがないので(以前のボランティアで少しやったらしい)、意外と早く進んだ。ただ、床下の角材が室内を小さいスペースに区切っている。その狭い中で泥をかき出さないといけないのでやりづらい。湿気が強く、不快指数は高い。皆汗だくで作業している。「水は各自お持ちください」とは言ったものの、休憩所から水を持ち出しているのは自分しかいない。


Img_0927


 写真はボラセンの写真置き場。初日に現場で発見した写真のアルバムは、所有者がいなければボラセンのほうで回収するとのことだったが、これは所有者が見つかったらしい。


12:10 お昼


 午前中で室内泥除去が終了した。意外とスムーズだ。

 今日新規の大学生グループは避難所の子供たちと交流してきたらしい。教育系のNPOをやっていて、それぞれに子供向け用のニックネームを持っていた。ある男の子は「かびるん」だそうな。ほかにも「ポール」とかいた。ガムテの名札もそれで行きましょうよと。名札とは、


Img_0958


 ボラセンにこういうふうにガムテが切って置かれていて、そこにマジックで名前を書き、作業着のどこかに見えるように貼る。見ず知らずのメンバー間で名前を共有するためだ。

 昨日の桃ラーこぼした件はまだ話の種として使われていた。コミュニケーションに役立ったな、よしよし。


12:50 午後作業


 午後は室外に移り、家の周りの泥除去。木の根が張っていたり、時にはガラスの破片が埋蔵されていたりしていて危険かつ大変。今日は女性も多くいたので、女性が細やかにガラスを取り分けたりしてくれたのは助かった。女性多めということで、自分はけっこう力のいる一輪車運搬班をやった。これがきつかった。土のうを4個積もうものならたぶん100kg超を運ぶことになり、しかも運搬専門なので、つねに力を使う。自分にはそんなに体力がない。

 その点、仕事で車の部品を日常的に持ち上げたりしている「ポール」は屈強であった。ぼくと二人、三人で運搬班をやったのだが、サイクルのペースが彼のほうが早く、だんだん追いぬかれたりしてしまう。しかも彼は5、時には6個一気に運んだりしていて、、、こりゃかなわんわ。力で人と張り合うことはできないなと、ここで悟った。


16:00 作業終了、解散


 結局家の外の泥かきの途中で終了。続きは明日。


Img_0925


 心配だ。。


17:50 ゆと森へ移動、夕食


Img_0934


 帰りに食べた蔵王そば@新楽食堂。びっくりするほどうまい。太麺で、カモの出汁がよくきいている。2002年のワールドカップではイタリア代表も食べに来たらしい。お冷が2002年ワールドカップのグラス。


21:00 宿泊者間の交流会


 宿泊者30人前後?が集まって交流会が開かれた。それぞれ自己紹介したあと、5、6人のグループになってボランティアを実際してみて感じたことなどを話し合う。話しながら強く感じたのは、人がぜんぜん足りないのに、ボランティアはまだまだ敷居が高いように感じられるということだ。車はどうするのか、宿はどうするのか。僕は「温泉に泊まれて車も不要」という好条件の企画があって初めて参加できた。参加すればこんな風に人々が集まってがんばって作業するし、地域のためにもなる。参加しなければ何も生まれない。大きな差だ。それを分けたのは(自分の場合は)「温泉に泊まれるから」という、甘ったれたきっかけ。でも結局はそこが実は重要な分かれ目なわけだ。もっとボランティアがカジュアルになればいい。よりハードルを下げる必要があると思う。そうなったらなったで別の問題も出てくるだろう。たとえば、今は周囲はかなりモラルの高い人々ばかりだが、そういう人々ばかりでもなくなってきたときにエデュケーションをどうするか、など。だが、それはステージ2での問題点。今はステージ1から2へ上げることの方が重要。


23:00 解散


 明日は別グループで作業するメンバーさん(女性)が同じグループにいたので、昨日今日の作業について話を聞いてみた。やはり他人に聞いてみると目からウロコな発見あり。泥を土のう袋に入れていく作業では、スコップで泥を掘る人と、土のうの口を開いて入れやすくする人の二人一組なわけだが、前者のほうがつらくて、後者は待ってればいいので楽、というのが通常の考え。女性が前者をやっていると「代わろうか」と声をかけられるらしい。だが、後者はもうひと仕事あって、泥を入れたら口を縛って一輪車の上にのっける。これが重い。女性にとって、前者の泥をかく作業は意外とそんなに大変ではない。むしろ大変なのは土のう袋を持ち上げなければならない後者。なるほど・・・では、「女性は土のうを持ち上げない」というのを徹底すれば良い。

 あと、口の結び方を知らない人も結構いて、手早い方法を皆で共有する必要がある、とのこと。なるほどね。

 二日間やってきて、依頼主さんの気持ちも少し分かってきたような気がする。この先、米作をいつ再開するか分からない。再開できるかも分からない。だから庭も苗床として使うことは当分ないかもしれない。が、気持ちとしてそこはきれいにしたい。

「庭の苗床の泥まで完全除去」

 を、5日間の作業の目標と決めた。現状ではかなり無理そうだけれども、少しでもさわれれば。

 あと3日、明日(5/1)は平日だが、その先の2日はGWで人もたくさん来るだろう。そこでなんとしてもやり遂げる。二日目が終わって、初日の暗い気持ちはどこかへ行ってしまった。今はちょっと前向きになりつつある。


【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

2011年4月30日 (土)

震災ボランティア【1日目】

【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

=================
宮城県亘理町ボランティアセンター

参加人数 新規受付:326人 継続活動:441人 合計人数:767人

活動件数 新規受付:23件 合計件数:60件
(人数は平日の2〜3倍!ただ件数は通常通り→本来人員がそれくらい必要)
=================

6:00 仙台到着


Img_0902


 仙台駅前着。


Img_0903


 常磐線で岩沼に下り、乗り継いで亘理町へ。写真は常磐線。広告がまったくない。


Img_0911


 ボランティアセンター近くにはテント村が。皆さんほんとに頭がさがる。


Img_0913_2


 ボランティアセンターには何百人もの人が列をなしていた。新規受付は今日まで。継続でやっている人は経験者なので優先的に配置される。


8:00 新規受付〜マッチング


 亘理町はボランティアを受け入れる体制がかなりできている方で、今日は66件のボランティア依頼を受け、767人を派遣した。平日の通常時は300人くらい。さばき切れないほどの人が来てしまった。

 作業に行った被災地の写真撮影は依頼者の同意がない限り禁止されている。当事者のことを考えれば当然。個人的にも、被災地の写真を撮ってアップしたところでそこにあまり意味はない気がしていた。どんなに頑張っても、僕が東京で見ていた数々の「写真」になってしまうだけ。それならプロの報道写真で足りている。僕はあまり見る場所の少ないボランティアの内部についてだけ、写真を撮ろうと思う。

 ボランティアセンターの前で三列に並び、新規受付をする。あとで聞いたがスタッフの数はかなり足りていない。何度も「大変申し訳ありません」と謝っていた。そこまで謝らなくてもいいのにというくらいだ。そうしないと不満を垂れる連中がいるのだろうか。身体的にも精神的にも限界だろう。にもかかわらずスタッフのおばちゃんたちは明るくて優しい。家を流されている人も中にはいるというのに。


Img_0914


 受付が済んだらマッチング。66件の依頼に、運営側はまず車を出せる人を募り、次に乗り合いの人員を募り、ボランティア側はこちらに何人います、ということを指で数をつくって手を挙げる。まるでセリのようだ。こういう状況で車もなく1人というのは一番不利だ。あと2人必要であれば、2人組でいる方が選ばれてしまう。ここでかなり取り残されてしまった。

 ようやく決まったのは農家の家の内外のガレキ、泥の除去。かなりの力仕事が必要とのこと。13人のチーム。結成後、オリエンテーションでリーダー決め、軽く説明。「長くやれる人は?」と聞かれたので、僕が5日間だったので手を挙げた。すると他に挙げた人はだれもおらず。なんと自分がリーダーになってしまった。。

 その後資材(一輪車2台、角スコップ8本、土のう袋200枚くらい)を取ってきて、資材係にチェックをもらう。それらを車に積んで、出発。受付からここまでにだいぶ時間を食われてしまったのが、この日の反省点だった。15:30までしか働けない。


Img_0924_2


 ボランティア活動の流れ。


11:00 ようやく依頼主の家へ


 先頭を走るが道を間違える。通行許可証が必要な自衛隊が検問しているところに行ってしまった。あわてて戻りつつ、ある地点を越えると一気に廃墟の地に変わる。なぜか田畑にボートが突っ込んでる。コンクリの物置が横に倒れている。

 ご自宅について依頼主さんにあいさつ。すぐ作業。希望は家の外側、家の一階内部の泥の掻き出し。次に家の敷地内にある50m×30mくらいのビニールハウス(骨格しかないが、その骨格の上にへんなでかいものが乗っていたりする)の泥の除去。後者は途方もないのでまず家の外側から。家の外に流れ着いた廃材、家具ななどが一列状にどんと積まれている。まずそれらを一つ一つ運んでいく。

 一番辛いのは水を吸った畳だ。男4人でもかなり苦労するほどの重さになる。乾いていれば1人でも持てるのに。本当に本当に重い。

 リーダーとしての自分の働きぶりは、お粗末そのものだった。全体を把握しようにも自分の作業で精一杯で、一構成員としても使えなかった。特に最初の2時間くらいは地獄だった。体力が持たないと思った。

 休憩を1時間に10分程度とるように指示されていたが、最初はそれも設定し忘れていた。まず開始時間を覚えてない。年配の女性が苦悶の表情で「リーダー!休憩しない?みんな疲れてる」と言われた時にはああ失敗したと思った。正直しょっちゅうみんなから「リーダー!」「リーダー!」と声をかけられたが、確実に「(笑)」がついていた。

 メンバーはやはりボランティアには意識の高い人たちが多いのだろう、みんな何も言わずともしっかり働いてくれた。ボランティア慣れしているであろう人たちも結構いた。年配のご夫婦や、細身の10代の少年、女性も混じっていて、全員が土のうを運ぶような重労働に耐えうるわけではない。


12:30 お昼


Img_0908


 農家の方がゴザを敷いてくれて、みんなで座って各々のご飯。僕は自作のおにぎりと、朝、亘理の商店で生まれて初めて見つけた桃屋の「食べるラー油」(まさか被災地にあるとは!)を面白がって買っておいたので、それを食べていたが、食べるラー油はこういう重労働で食べたいものでは全くなかった。そしてゴザにラー油をこぼす。一同笑。

 こうなったらとことんこのキャラでいくしかない。皆とできるだけドジキャラとしてコミュニケーションをとるしかない。桃ラーの件も2日間くらい交流のネタになった。幸い(表面的には)本当に怒っている人がいる感じではなかった。みんな人間ができている。

 農家の方がおにぎりや漬物、お茶などを提供してくれた。えっとこれは受け取っていいのだろうか・・・と悩んだが、これはご好意に甘えていいということだった。

 お昼を食べたら、15:30まであと2時間ちょっとしかない。家財道具は運んだので、次は家の外の泥のかき出し。2人1組になって、スコップで泥をとり、土のうの中に詰めていく。深さ10cmくらい。土のうの口を縛って、一輪車に詰める。一輪車で庭の隅まで100m弱くらいの距離を運ぶ。主に2人1組で土のうを作る役、力のある2、3人が一輪車に載せて運ぶ役。土のうは1個30kg〜50kgくらいあるような気がする。男が「ヨイショ」と気張るくらいの重さはある。

 黒い泥を5cm〜10cm掘ると、明確に違う赤い地層が現れる。
そこまで掘っていく。これがなかなか進まない。泥の中にプラスチックや瓦など硬いものが埋まっていて、しょっちゅう掘れなくなる。一番めんどくさいのは木の根っこ。不思議なことに泥にも根を張っているのだ。2ヶ月弱で。


15:15 作業終了


 片づけへ。スコップと一輪車を車内へ。依頼主さんとお話しする。家の外側のつづきと、内側を明日やりましょうと。そしてその話のあと「できれば・・・」と庭にあるビニールハウス跡を見やり、「ここに散らばった粗大ごみを掃除して、泥もかき出してもらえるとなあ。」家の敷地面積より大きなこの土地で、しかも畑の土だと、家の周りより深く掘らなければならず、かなり大変そうだ。これは自分のいるあと4日で終わるのだろうか・・・


15:45 ボランティアセンター到着、活動報告


 資材を取り出し、水道(かなりのジェット噴射機能つきの器具あり)で洗浄、返却。そして解散。


Img_0942


 リーダーはその後活動報告がある。ここでスタッフのおばちゃんに質問。

「田畑の泥のかき出しってどうすればいいですか?」
「田畑についてはお断りして下さい」
「どうして?」
「このボランティアセンターはまずお家に住めるようになるためという趣旨でやっていて、田畑までやってしまうと大変なのでお断りしてるんです」

 そうなんだ。でも苗床が復活しないと農業もできまい。いや、「農地はもう無理かな・・・」とも言っていたので再開するかも分からない。しかしそれでも、断るだけでは忍びない。ボランティアしたいと思っている人は、本当はたくさんいるはずなんだが・・・

「じゃあ田畑の泥はどうすればいいんでしょうか?」
「農協が今対応策を協議しているところで、経済に関わるところなので私達では今のところ扱えないんです。」

 なるほど農協でやってくれるのだろうか。それならばそのことを伝えよう。自分ができないのが心苦しいが。

 依頼主さんは基本明るく話してくれるが、会話の節々に「もうここもダメかな・・・」というゆるやかなあきらめの言葉がでてきて、それが胸にいたい。


Img_0917


 センター入り口にはイソジンが並んでいた。赤十字社の人が「うがいして下さいー」と。お茶かと思った。鴨汁の炊き出しもあったし、お菓子やジュースも大量に配っていた。


17:30 温泉宿「ゆと森倶楽部」へ


 さて、これでボランティア終了。宿は温泉宿に泊まれる企画に参加したので、参加者の方々と集合。


Img_0909


 車で近くのヨーク(初めて聞いた)というスーパーに行って夕食などの買い出し。宿まで1時間あるが、ビールを買ってしまう。着くころには常温。

 帰りの車では極度に疲れていて、辛うじて起きておくことしかできなかった。実質4時間ちょっとの作業なのに、明日はもっと長くなるだろうし、大丈夫だろうか。。相乗りの人たちともいろいろ話したかったが、まだ自分の人見知りが邪魔をしている。

 宿は、蔵王の「ゆと森倶楽部」で一泊1、2万円するいいところ。温泉付き。最高。長くなったので、こちらはまた後日紹介する。

 風呂に入ったあと、大広間に布団を敷いて、みんなでボランティアについてどうだったかや、何が大変だったかを話し合う。完全にぬるくなってしまったプレミアムモルツを飲みながら。

 ボランティアセンターは、依頼者から、ボランティアからの板挟み。人手も足りず、肉体的、精神的に限界にきている。それなのに、宿の企画主催者まっつんさん話によると、「なんで一時間半も待たせるんですか」とやたら文句を言ってくる「モンスターボランティア」もいるらしい。少なからず「やってあげている」という意識がボランティア側に出てしまうのは最悪。そうなると被災者側から「ボランティアはいらない、自分たちでやる」となってしまう。わからないけど、被害がひどい自治体でも県外からボランティアを受け入れているところが少ないのは、そういったことも関連してるのかも知れない。

 新規受付が今日で終わるのは、亘理町VC(Volunteer Center)HPによると「地域の混乱を避けるため」だった。各自が理性的に行動しているならこんな心配をする必要もないんだが、実際難しいんだろう。

 ブログを書こうとするが、書く時間がない。


【1日目】 【2日目】 【3日目】 【4日目】 【5日目】 【おまけ】

2011年4月29日 (金)

出発



 午前中、楽曲データをバラバラに送る作業。最近一気にできるようになって本当によかったが、それまでは各楽器トラックごとに書き出さなければならなかった。今は本当に便利になった。。。

 夜23時45分、新宿西口バスターミナル。仙台行きに乗車。

 6時間で到着。今までにないことだが、乗客が優しい。運転手さんにコーヒーをあげたり、うしろに座席を倒してもまったくプレッシャーをかけてこなかったり。